未刊詩編

ふたり

1.箱

箱のなかにあの子がはいっていましたから
その箱のなかにその子もはいろうとしています
やわらかくて少しあたたかい箱です
大きなガラス戸の外は冷たく日暮れて
斜めにさしこみはじめた月の光が箱を照らしています

仲よくその子もはいったので
箱はふくらみ表面に樹枝状のひびわれができました
そのひびわれを粘液がつたわっていきます
あの子が指さきで粘液をすくいとって舐めまわします
甘くて美味しいよ 君も舐めてみたら
でもその子はそんなことは聞こえないふりをしています
誰もいない大広間のまんなかで
少しふくらんだ箱がもそもそとゆれています
うっとりとしたあの子がつぶやいています
お母さんが作ってくれた飲みものだから
甘くて美味しいよ
君も舐めてみたら

でもその子は聞こえないふりをして
やがてその子はあの子のなかにはいりこんで
月の光に照らされた箱は
すっかりその子のものになりました
でも箱のなかにいるのはあの子なのです


2.底

水槽のなかでその子は和んでいます
でも 周りの人に責められると
沈んでいかなければなりません
どこからか あの子もあらわれて
いっしょに沈んでいきます

水のなかは声がよく聞こえます
あそこまで
ああ そこそこ
そうだね あそこだね

そこからその子とあの子の遊びは始まるのですが
いつのまにか
やめられない遊びはふたりにからみついて
ぐっしょり重くなった糸玉のようです

その子がいつまでも沈んでいくので
あの子は心配になります
その子の底はまだでしょうか

ふたりが一緒でないとそこまではいけないよ
そこはいけない底だよ
そうだね あそこだね



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