エッセイ

今夜は踊り疲れて    (CDを買う・連載4回目)

 「Samba Do Mar」(Dusko Goykovich) 2003,Enya 

  この人には必ず<哀愁のトランペッター>という宣伝文句がつ いている。そんな、いつかは聴かなくてはと思っていたダスコ・ゴイ コビッチの3年ぶりの新作が発売になった。原題をそのまま直訳す れば<海のサンバ>となるのだが、邦題は「ユーロ・サンバ」とな っており、なるほど、上手くつけるもんだと妙に感心してしまった。 これからもわかるように、ゴイコビッチは欧州、旧ユーゴスラビアの ボスニア出身である。
 ピアノ・レスで、代わりにギターを加えたカルテット編成。アルバ ム・タイトルにもなっている1曲目、ミュートをかけたトランペットが、 きっちりとしたサンバのリズムに乗って短調のメロディを奏でる。そ こでは、声を荒げることもない、お酒に醉うわけでもない、淡々とし た、いわば感情を押し殺したような演奏が続けられる。だが、その 分だけ自由に聞き手は感情を移入できるようだ。なるほど、これが <哀愁のトランペッター>か。
 たとえば「ブラジル風バッハ第5番」。早いリズムの南米風のギタ ーによるテーマが提示されたあとに、オープン・トランペットがゆっ たりとしたメロディを詠う。そんな彼の演奏に遙かなモルダウ川を 想起しながら聴いてしまうのは、こちらの勝手と言うものか。

 「Recado Bossa Nova」(Zoot Sims) 1962.Sound Hills

 私は、はっきりとした早いリズムにのった短調のメロディに来られ ると弱い。無条件に好みである。そんな条件の名曲はボサノバに 多い。ジャズ・ボサノバの名曲といえば、まず「リカード・ボサノ バ」。この曲の代表的な演奏としてはジョー・ヘンダーソン「ペー ジ・ワン」に収められたものがあげられるが、このズートの演奏も 捨てがたい。
  このCDもピアノ・レスであり、途中でソロをとるギターはジム・ホ ール、もう一人のリズムギターはケニー・バレル。クラリネットやフ ルートも加わって、かなり色彩が豊かな華やかな感じになってい る。そんな中でズートのサックスはくっきりとしている。どこまでも青 空は澄みわたり、明るい陽光があふれているのだが、そこへカウ ンターのように短調のメロディが来るところがたまらない。
 ところでこのCDの最後には「リカード・ボサノバ」の別テイクが収 められているのだが、こちらではテーマはピッコロやギターで提示 され、アドリブになって初めてズートが入ってくるという全く別なア プローチになっており、聞き比べると楽しい。
 「リカード・ボサノバ」に並ぶジャズ・ボサノバの名曲といえばケニ ー・ドーハムの作曲した「ブルー・ボサ」。こちらはハンク・モブリー 「ディッピン」に収められたものが定番とされている。ところで、肝心 のケニー・ドーハムが演奏している「ブルー・ボサ」を探しているの だが、不思議なことに見あたらない。どなたか知りませんか?

 「Jazz Waltz」(寺井尚子) 2003,Toshiba-EMI

 バイオリンでのジャズと言えば、ステファン・グラッペリやジョー・ ベヌーティ、レイ・ナンスなどがあげられるが、最近の我が国では 寺井尚子。今年度のスイング・ジャーナル誌の賞もいくつか取った はずである。
 最近のお気に入りと言えば、その寺井の「ジャズ・ワルツ」。もち ろんボサノバではないのだが、踊り出したくなるようなこの曲の原 曲はショスタコーヴィッチで、何処かで聴いたことがあると思った ら、映画「愛のエチュード」の挿入曲として使われていた曲だった。
 しかし、この寺井の演奏は、これはまるでサーカス小屋から聞こ えてくるジンタではないか。ズン・チャ・チャという昔懐かしい3拍子 に乗ってバイオリンがメロディを奏でる。そう、これはあまりに日本 的な、あがた森魚の「赤色エレジー」の世界だ。真面目な寺井ファ ンには怒られそうだが、私にはこのチープさがたまらない。この1 曲を聴くためにCDを買っても損はない。

 「Bossa Nova Soul Samba」(Ike Quebec) 1962.Blue Note

 このアイク・ケベックという人のテナー・サックスの音色は独特で ある。とにかく太い。画材で言えばクレパス。他の細かい線描はす べて消してしまうほどに濃い線がひけるのだが、そのエッジはぼ やけている。何か大きなものが霧の中でうごめいている、そんな 雰囲気を漂わせる。
 そのアイクがボサノバとサンバを集めたこのCDでもピアノはな く、代わりに入っているギターはここでもケニー・バレル。どの曲を とっても、これでもかと言うほどに美しいメロディラインがつまって いる。たとえば「シュ・シュ」という曲。ブラシのドラムが小刻みなリ ズムを刻み、すべてを包み込んでしまうようなアイクの柔らかなサ ックスが、手をつないで踊り出したくなるようなメロディを奏でる。け れども、辺縁がぼやけているために何処かに一抹の不安のような ものを感じさせられる。
 輪になって踊っている人々の背後には、何かしら大変なものが 忍び寄ってきているのだが、それに気づくのが恐ろしくて、知らな い振りをしていつまでも必死に踊り続けている。

   グラスに滴り落ちるびしょ濡れの決意が
   飴色の筋肉痛のかけらになるまで
   ん 今夜は
   踊り続けてみたいものだわ
                        「雨降り舞踏団」(瀬崎 祐)

                      詩誌「coto」8号 (安田 有・セ ンナヨオコ 編集)より





トップへ
戻る
前へ
次へ