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「しまなみウルトラ遠足」が終わりました。
一昨年の「四万十川ウルトラ・マラソン」に続いて80kmでのリタイ
アでした。
「四万十川」の80km関門アウトは自分でも、こんなものだろうな、
という気があったのでそれほどがっかりしませんでした。かえっ
て、こんなにまで走れたのかと嬉しいぐらいでした。
しかし、今年の「しまなみ」は、実は、自分では内心いけるだろう
と思っていました。ですから、今回のリタイアという結果は大いに
自分に落胆する結果でした。
痛かった足も、2日経った今朝からはなんともなくなってしまいま
した。なんや、あんなにしんどかったのに、俺のダメージってその
程度のもんだったのかい? もっと自分を追い込めたんではなか
ったんかい? そんな思いにとらわれながらのリタイア物語です。
* * * *
机上の計算は得意な私です。ばっちりと、アバウトな計算をしま
した。
目論見は次のようなものです。まず、フルマラソンの距離を5時
間半で通過する、これはこれまでの2回の四万十川マラソンの時
と同じスピード設定です。
これぐらいのスピードで行った場合の後半の辛さはおおよそ見
当がつきます。まあ、なんとか後半も頑張れるぐらいのダメージで
通過できるはずです。
それに、これ以上のんびり行くと、残り時間の計算から後が辛く
なります。
少し誤差を見ておいて、前半の60kmを8時間でこなして、残りの
40kmに8時間をとっておこうというものでした。
しまなみではおよそ5km毎にエイドがありますから、1カ所あたり
の休憩を3分とみて、そうすれば、1km7分30秒のペースでよいわ
けです。ということは、8km/時の速さでよいわけです。これはい
けるだろう、計画時点ではそう思えました。
朝のうちの涼しい時間帯は計算通りのピッチで走れました。
6時半にはラジオ体操をしている村の人たちを見て、ああ、まだ
こんな時間なんだと思ったり。
40km通過が5時間20分と、まず想定の範囲内です。
ところが、大きな誤算が・・・、なんという暑さ! 10時ぐらいから
暑くなりはじめていたのですが、40kmを過ぎたあたりからがたんと
スピードが落ちました。
足は全く疲れもないのに、全身の力が抜けていくようなのです。
そして眠くなっていくような、ぼーっとした感じがしてくるのです。
自分に都合のいい、言い訳のための自己解釈なのですが、おそ
らく熱中症になりかかっていたのではないかと思えました。このま
ま続けるのはひょっとするとまずいかな、という思いが脳裏をよぎ
りました。
力が抜けてしまって、ついに50kmに達する前から歩きが入り始
めてしまいました。
もうやっとという感じで50kmのレスト・エイドにたどり着きました。
40kmからの10kmには1時間半がかかっていました。
シャツを着替えてエイドを出発したのは、すでに7時間を過ぎた
時間でした。
そして60km地点到着は9時間を過ぎていました。体が消耗しきっ
ており、もう全く走れなくなっていました。5kmに1時間がかかるとい
う有様だったのです。
この時点でリタイアを考え始めました。ただ制限時間まではまだ
かなりあります。どこまで行こうかと考えます。
この「しまなみ」は途中関門がありません。その代わり、収容バ
スなどもありませんから、リタイアした人は路線バスや船に乗っ
て、自力でゴール地点の今治へたどり着かなくてはなりません。で
すから、この大会では、必ずお金を持って走るようにとの注意がつ
いていました。自己責任で、預けてある荷物のところへたどり着か
なくてはなりません。
5つめの橋を渡った伯方島にある70kmエイドは素晴らしい歓迎
だと、評判のエイドです。よし、とにかくそこまで行こう、そこでリタイ
アしよう、とのろのろと歩いていました。
さらに2時間近くがかかって、やっとくだんの70kmエイドに着きま
した。
ここは道の駅の広場に設けられていて、到着した人の名前を一
人一人大きくマイクで呼んでくれます。華やかなエイドです。
私はエイドでは座らないことにしているのですが(座ると疲れが
どっと出るような気がするのです)、もう今日はここでリタイアする
のだからと、頭から水を何杯もかけてもらった後に(「首筋もいきま
すか?」「ええ、いってください」ばしゃぁ、ばしゃぁ)、あたりに並べ
てあった折りたたみ椅子に腰を下ろしました。やれやれ。
すっかり弱気になって、ああ、もうここでいいや、とぼんやりと座
っていました。
すると、やりましょうか、と声をかけてくれたのはトレーナーの腕
章をつけた屈強なお兄さんでした。
思わず、おねがいします、と答えると、オイルを垂らして両足や
肩を丁寧にマッサージしてくれました。まあ、その気持ちのよかっ
たこと。
結局、あまりのエイドの歓迎ぶりと、丁寧にマッサージをしてくれ
たお兄さんに悪くて、ここでリタイアしますとは言えなくなってしまい
ました。
のろのろと腰を上げ、次の橋を目指します。
橋への上り坂の入り口にいたおばさんが、あと30km、もう一踏ん
張りよ、と声をかけてくれます。
いやあ、あとふた踏ん張りも三踏ん張りもいるなあ、と思ったりし
ます。
マッサージをしてもらったおかげか、少し走れるようになりまし
た。この伯方大島大橋は1100mありますが、ゆっくりながらも走っ
て通過することができました。
しかし、四国への最後の島、大島に降りるとやはりいけませんで
した。また走れなくなりました。歩くのも辛くなってきました。座り込
みたくなるのを我慢して歩きます。
前後に走っている人は誰もいません。もうみんな歩いている人
ばかりです。
73kmぐらいの地点だったでしょうか、このときはバスの路線に沿
っていたのですが、バスの停留所で椅子に座ってバスを待ってい
るランナーがいました。バスですか?と声をかけると、はい、ここで
失礼します、がんばってください、という返事でした。
私もどこでリタイアしようかと再び考えていました。
四万十川のように関門が設けられていて、その時刻が過ぎれば
強制的に収容バスに乗せられてしまうのは、ある意味では楽なこ
とでした。もう仕方がないじゃん、と思えるのです。
ところが、このしまなみでは途中関門がありませんから、リタイア
の決断は全く自身にゆだねられています。これはとても辛いことで
した。
80kmエイドに来ました。ここはバス路線からも離れています。
ですから、リタイアするには次の86kmエイドまでは行かなくて
は、と考えます。そこは島の港になっていて、今治行きの船がでて
いるはずでした。
あと6kmも歩くのか、もういいや、と思って、エイドでまた座って休
憩をすることにしました。立っているのが辛くて我慢できなかったこ
ともあります。
すると、先刻まで前になり後ろになり歩いていた50歳ぐらいのお
じさんがゼッケンをはずして座っています。
どうしたのですか?と尋ねると、いや、ここでリタイアします、とい
う返事です。
でもここからどうやって帰るんですか?と尋ねると、エイドの人が
マイクロバスで近くのバス停まで送ってくれるそうです、という返
事。
その瞬間に私の決断も決まってしまいました。私もお願いしま
す!
おじさんと一緒にバス停まで送ってもらうと、そこにはすでに3人
の仲間がバスを待っていました。さっき送ってきた方たちです、と
運転してきてくれたエイドのお兄さん。
バスを待ちながらおじさんと雑談です。おじさんは去年もリタイア
だったそうで、なんと70km地点ですでに夜の10時になってしまい、
真っ暗な来島海峡を船で渡ったとのことでした。 今年も女房に止
めとけと言われたのを振りきって来たのに、また馬鹿にされる、と
嘆いていました。
しばらくすると、またエイドからのマイクロバスで女性が送られて
きましたが、その女性は真っ赤に泣きはらした目をしていました。
よほど残念だったのでしょう。
路線バスがやってきました。そのバスには、もっと手前でリタイア
した方々が10人ぐらいすでに乗り込んでいました新しく乗り込んだ
我々に、「お疲れさまでした」と声をかけてくれます。奇妙な連帯感
がバスの中にありました。
やがてバスは四国へ渡る最後の来島大橋にさしかかりました。
バスはこのまま今治まで行くのです。
すると、なんということでしょう、大勢のランナーが来島大橋の歩
道を一生懸命走っているではありませんか。そうです、この時間に
この距離のランナーは、頑張れば制限時間内に完走できるはず
なのです。
「来島大橋で夕陽を見たら、頑張らないと制限時間が厳しい
よ」。昨年完走した方の言葉が思い出されました。
夕日が海の向こうに沈みかけています。私はむなしくバスの窓
から夕日を見ていました。
* * * *
こうして私の「しまなみ」は終わりました。
今年の「しまなみ」は、気温が29度まで上がり、完走率は71%と
のことでした。
以前にも書いたことがあったかと思いますが、夜久という方のウ
ルトラ・マラソンの本に「完走の幸せ、リタイアの至福」と言うのが
あります。
その方によれば、完走はもちろん素晴らしいけれども、リタイアし
た大会こそ自分の限界まで出し切った結果なわけだからそれは至
福なのだ、というわけです。
しかし、今回の私のリタイアは至福ではありませんでした。
今回はまがりなりにも走れたのは60kmまでで、あとの20kmは、
未練と少しの意地でほとんど歩いただけだけでした。
くそ、なんてふがいない、と自分を責める気持ちが日毎に強くな
ります。私よりもっともっと辛い思いをしながらゴールした方がいた
はずなのです。
でもなあ、と、一方で思います。還暦を迎える年齢となり、これ以
上体力が増えるとも思えないのも事実です。ちょうど10年前に、
1kmのジョギングがやっと、というところ始めて、なんとかここまで
来たけれど、このあたりが自分の限界なのだろうか、と弱気になっ
たりもするのです。
さて、これからの私は・・・?
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