「風都市」40号



「風都市」40号

 □目次   
  
  覚悟        ・・・・・  瀬崎 祐

  黒葡萄の間     ・・・・・  岬 多可子

  風の日録      ・・・・・  瀬崎 祐


  瀬崎と磯村の日録   ・・・・・  瀬崎祐・磯村宇根瀬
 
 □寄稿者 岬 多可子
  

 □表紙絵「夏休み」 挿画「ワイングラス」   磯村宇根瀬
 
■あとがき■

 時折ネットで古い詩集を捜したりする。その時に見かけたのが、季刊 誌「月下の一群」。これは1976年に唐十郎が創刊号を発行したもの。安 価で落札することができた。
 B5版、222頁のずっしりとした雑誌である。装幀は合田佐和子で、男装 の美女を思わせる粗い粒子の表紙写真も妖しげである。特集は「人形  魔性の肌」。澁澤龍彦と唐十郎の往復書簡から始まり、種村季弘、赤瀬 川原平、岸谷國士、平岡正明といった、なるほどという顔ぶれの論考が 続いている。人形の特集なのでもちろん人形作りの四谷シモンも登場す る。「つつしみぶかさのないことについて」と題して16葉のモノクロ写真を 載せている。下着姿などのエロティックな女性像で、「ピエール・モリニエ の方へ」という副題が付いている。シモンが制作した生き人形なのだろ う。篠原勝之は、唐十郎の芝居に想を得た絵物語「ズボン」を描いてい る。吉増剛造は「若菜よ」という200行近い長編詩を載せている。ジャズ・ ピアニストの山下洋輔もエッセイを載せているし、山下が「ミナのセカン ド・テーマ」という音楽を付けた映画「荒野のダッチワイフ」を撮った若松 孝二も書いている。すごい顔ぶれである。
 1976年といえば私は詩の世界から離れていた。それまで足を運んでい た状況劇場の芝居や、山下洋輔のライブからも遠ざかっていた。巻末に は80頁に及ぶ唐十郎の書き下ろし戯曲「下町ホフマン」が一挙掲載され ている。この芝居は見たことがなかったし、戯曲も始めて読むものだっ た。濃密な内容の雑誌で、じっくりと堪能できそうである。この「月下の一 群」は2号で特集「幻獣」を組んだが、そこで終刊となっている。残念。
 今号には岬多可子氏から作品をいただいた。読む者の部屋の中に冷 たい肌触りの蛇が入り込んで来るような、ぞくぞくする作品だった。感 謝。
                            
                                                                        瀬崎 祐  二0二一年秋
覚悟
瀬崎 祐

あちら様からです

お近づきの印にと
海色の液体がゆれるカクテルグラスが
鏡のようなカウンターの上をすべってくる

人の顔が見えなくなる時分に
そうやってお近づきになろうとするのは
どんな人なのだろうか

消灯時間もすぎた病室で
触れた父のお腹のなかには
たくさんの水があった
その水が
残された時間におしよせてくるのを
触れた指先に感じていた

あなたの黒いドレス姿はとてもうつくしい
でも
一緒にあちらに行くのはまだ早い気がする

もうすこし海の水が泡だって
覚悟につつまれてから
それから あちらへ行くよ
黒葡萄の間
岬 多可子

ひと部屋だけ残して
あとは封じられました
その 残った一室は
わたしに相応の四畳半でした 

うっすらと人型の
暗い染みが見え
それは 残った心情
というよりは
もっと 直截なかたちに見えました

畳の 湿っているところが
おそらく重要
だから そこは踏まないように
いくらか 乾いているところを
飛び石のように 選んで 三歩 

細い窓から聴くのは
しだいに暮れて
草の庭の 秋の雨 秋の声

ほとんど黒い壁に
ほとんど黒い葡萄の絵が浮かび
熟して 一粒ずつ
落ちて滲みひろがり

その夜の 夢の果皮は
くろむらさき色の
濃い血の葛みたいに
口のなかに育ちました
吐き出せなかった 

風の日録
瀬崎 祐

 1 安息の日曜日

(林檎からのスクラップ)という言葉が思い浮かぶ そこは夕日に映える 廃墟のような街である 誰が住んでいたのかという記憶は曖昧だ
確認方法を例示せよ おい 責任者はお前だろ
少しも変わらない言葉までの距離

 2 定例の月曜日

角を左に曲がるとすぐに門がある 鉄の扉は開かれている
だから わたしは世界に拒絶されているわけではない
急いで門を入り 扉の左に走り込むか右に走り込むか 狙撃される前に 決断しなければならない

 3 逃走の火曜日

筋肉が飴のように弾力を失い 足がへたりとずり落ちていく 内蔵も形を 失ってずり落ちていく
夜空は青い 風が棘をなくした肉体に沿って滑っていく
ふーむ ふりむけば月も青い

 4 宣告の水曜日

お前の求めるものは みな この詩集に入っている お前が求めなけれ ばならないものも みな この詩集に入っている 明日からはこの詩集が お前のすべてだ

 5 出会いの木曜日

規範から溢れたしずくは縁のみどり色をやさしく濡らす ゆるい坂道をの ぼったあたりからの色合いは どうしてもとどかないものではあったのだ
坂の頂上で 太った警官がそこで止まれと威嚇する

 6 出立の金曜日

(欠落)

 7 王国の土曜日

廃墟の裏手にひろがる駐車場の塀が端から崩れてきている 廃墟の時 間に捕らわれようとしているのだ
週末の午後の幼子の泣き声が遠ざかる
裸足のままで瓦礫の路をつつーと まいる

 8 ふたたびの日曜日

本当にあなただったのだろうかと振りかえる
支えていると思い込んでいたものに 本当は 支えられていたのだった
あなたが消える あとふみ

いただいた感想、など

■秋山基夫
「風都市」ありがとう。いろいろ書いてあって、読みたくなります。
「風の日録」の「6出立の金曜日」が「欠落」なのは、どうだろう。金曜日は 何かと振り返られる曜日なので、やはり、欠落であってもも一工夫ほしい きがします。

■板垣憲司
「覚醒」。黒いドレス(死の姿)があちらへと誘うが「もう少し」、まだ成し遂 げたいこともある・・・。老いの、さびしさが、遠い水の空洞を浸し、私は泡 立つ水際にいる・・・そのように読みました。カウンターをすべる海色のカ クテルグラスがあざやかに読み手のこちらへもすべってくるように感じま した。

■柏木勇一
瀬崎さんの作品、ゲストの方の作品、どちらもミステリアスな世界という 点では共通していると感じました。
「風の日録」はいつもの瀬崎さんの作風とは違うな、と思い、瀬崎さんの 詩の原点を見たと思いました。

■北川朱実
表紙は瀬崎さんとお子さんですか?
「覚悟」.カクテルグラスの中の液体と父の腹水が重なり、生と死が見え隠 れし、ハッと息を呑むようなインパクトのある作品でした。

■北原千代
表紙は、瀬崎さんのご家族かなと想像しますが、背景がどこなのか、ア フリカの赤い砂漠でしょうか、人物だけがリアルで、そのほかは廃墟めい てすべてが謎、瀬崎さんの詩のようで、おそろしい絵だと思いました。
「風の日録」の、金曜の欠落のあとの週末が、とくにすてきだと思いま す。「つつーと まいる」「あなたが消える あとふみ」のところなど、意味 を超えて言葉の余韻、風の気配を感じました。
岬さんの「黒葡萄の間」は、いつまでもその舌触りと身体にこたえる感覚 が残りました。黒葡萄の間は、部屋なのか人の心のことなのだろうか、と 思います。部屋に招き入れるみたいに作品に引き込まれ、いったん読ん だらもう出られない、忘れることのできない詩でした。

■木村恭子
「覚悟」は理解し易い詩でした。病室の<父>の挿話が核になっていて、 <お近づきの印>の意味が了解されます。
 /覚悟につつまれてから/それからあちらへ行くよ/
ああ、そうあればどんなにか良いですねえ・・・・。或る日突然の出立が来 ても、瞬間、覚悟出来さえすれば・・と。
「風の日録」。タイトルは<詩>そのものでした。刺激的な展開!
 /風が棘をなくした肉体に沿って滑っていく/、
魅力的なフレーズと思います。
 /週末の午後の幼子の泣き声が遠ざかる/にも、
不穏な感じがありましたが、ただ、ここでは人の呼吸の気配が感じられ て、何かしらほっとしました。
最後の/あとふみ/が分かりませず・・・、困った事です。

■斎藤恵子
表紙は昭和風な雰囲気がしました。
「覚悟」。黒いドレス姿は美しいけれど、やはり連れて行かれるのはまだ まだですね。
「風の日録」。月、火は行くところがあり忙しく、金曜日の(欠落)は好い感 じで、土曜日は危うさをやっとやり過ごしたといった感じでしょうか。

■中マキノ
「覚悟」。
一般的に言われる覚悟は、意思に属するもののような感じがするけれ ど、この詩の覚悟はもう少し違う、生まれた時から少しずつ人の中に水 のように溜まっていく、諦めのような、でもはっきりと醒めているもの、ひ とつの境地のようなものかもしれないと感じました。
あちら、との距離、時間、空間をこのひとはある程度知っている、恐らくカ クテルグラスを目にした時点で、と思いました。指先で感じることができる だけだった振動が泡立てているものが、もうすぐ溢れてしまう、なんだ か、まだ早いと書かれているけれど、そう先ではないような、ほんとうは 知っている、美しいもの、でも生活の匂いがまとわりついた身体が洗わ れて、そしてそれから、恐らくすぐにでも、行ってしまうのだろうと思いまし た。

「黒葡萄の間」
とても限られている、とても狭い、部屋自体も踏めるところも、窓も細く、 そこに、重たく、伸び縮みすることのない身体があり、恐ろしいけれど甘 美な窮屈さを思いました。一粒ずつ、というのがとても重たくて、身体より も夢はもっと狭い、そして口、極小の空間、喉に向かって閉じられていく、 気付くと読んでいる私が "落ちて滲みひろがり" 絞られていくような、私 はこの詩がとても好きです。

「風の日録」
そういうことなのだな、という了解を得させないまま、どのような断定も世 界を構築しない、過ぎ去る、激情のようなものもなんだかひとつのポーズ のように置かれていて、でも読んでいてはっとする、軽やかに、今読んだ ものが抜けていきながら、最後に出てくる 「あなた」 にまたはっとする。 私はすっかりあなたのことを忘れたまままた日曜日まで来てしまった、と 思うのだけれど、読み返してもあなたは見つからなくて、私は 「あなた」 が出てきた途端に 「あなた」 を失ってしまうという不思議な体験をしまし た。

■中井ひさ子
「覚悟」。さらりと少しユーモアもあって怖い作品。

■中桐美和子
「風都市」40号、早いですね。今までで一番よろしいのでは、と。
「覚悟」は覚悟して読みました。わかりました。わかることが一番ですか ら。しかし、まだお若い。
岬さんの作品。重い作品ですが、表現の力量に驚き。瀬崎作品と同じ く、最終連はドキドキしました。
「風の日録」。私も一週間のことを書いたことがあります。力作。さらさら と書けたように思います。
「日録」。62kmウルトラマラソン、すごいですね。限界へのチャレンジがす ばらしいです。

■浜江順子
「覚悟」。”あなたの黒いドレスはとてもうつくしい/でも/一緒にあちらに 行くのはまだ早い気がする”の展開が上手いです。

■福田知子
「覚悟」。鏡のようなカウンターは光る瀬戸内の滑らかな海水面を思わせ ます。カクテルグラスには海色の液体(酔わせるアルコール)がゆれて、 さわやかな色気を伴って海面を滑るヨットのようです。
四連目からは病院での哀しい記憶・・・。この春亡くした父のことを思い出 し、何ともせつなくなりました。
そうですよね、あちらの世界に行くのは早いですし、覚悟がいります。覚 悟しても、覚悟などしなくても人は誰しも逝くのだということが突然のよう に消えてしまうことが、波打ち際のようにひしひしと迫ってくるようでした。
岬多可子さんの「黒葡萄の間」。やさしいことばで書かれながら、異世界 がひらけてきます。しかも具体的な「四畳半」「畳の湿っているところ」「黒 い壁」「細い窓」などに導かれて独特の世界に曳き込まれました。
「ほとんど黒い壁に/ほとんど黒い葡萄の絵が浮かび/熟して 一粒ず つ/落ちて滲みひろがり」
「その夜の 夢の果皮は(略)口の中に育ちました/吐き出せなかった」
何ともやるせないまとわりついてくるようなヒンヤリ感・・・。瀬崎さんも書 いておられたように、「冷たい肌触りの蛇が入り込んで」くるようでした。

■峯澤典子
40号の御作品も、世界の意外な時空へとつながる言葉の展開が魅力的 で、新鮮なのになつかしい風がながれてきました。「夕日に映える廃墟の ような街」・・・その色に包まれる思いもいたしました。

■山内理恵子
一読したとき、「覚悟」が面白いと思ったのですが、「風の日録」が言葉が 付いていってないところに何かある感じがして、繰り返し読んでいます。 テーマとは別に、PRGのように書いてみた、・・・ような。語り口が気になっ て、何度も繰り返し読んでいます。

■吉田博哉
「覚悟」。近づく人は待つ者がそれとなしに期待する者ではないか。「お腹 の」水の量から思えば父の死期は近いようだ。「黒いドレス」の女神が誘 いに来たが、「あちらに行くのはまだ早い気がする」その「覚悟」はまだ出 来ていない。とはいっても、それが近く「おしよせてくるのを・・・感じてい」 るのだ。
「風の日録」。
1.リンゴについての歴史的物語、芝居の演目、風景などの切り抜きか。 リンゴの甘さから快楽や愛の楽しみが得られるとかいう古代バビロニア の夢占いのことが「思い浮かぶ」のだが、そこは「廃墟のような」誰でもな い者の住む足跡ばかりの「街」のようだ。
2.「わたし」は帰る家をなくしたのではない。玄関から堂々と入ればよ し。家の持続を疑って裏口から覗けば消される。
4.「お前の求める」あらゆる事物、あらゆる夢と現はすでに存在してい る。だが、それらは「お前が」すべて作り出さなければならないものなの だ。
7.古城の「塀が・・・崩れてきている」という。言葉が沈黙に犯されるの は、それ以前に沈黙を言葉が犯すからではないか。詩人はこの攻防の ために絶望的な自立を「裸足のままで瓦礫の路を」生きるしかないのか も。
1.「本当のあなた」はそこにいたのだろうか。自分はあなたと家庭を「支 えていると思い込んでいた」のだが、逆に「支えられていたのだった」。言 い換えれば、未来を「支えていると思い込んでいた」が、「本当は」過去に 「支えられていた」だけではなかったのか。すると今の「あなたが消え る」。

■渡ひろこ
御作品「覚悟」。黒いドレスが死と不安の象徴として印象的でした。アレ ゴリーの中に現実の重さがリアルには入り交じり、集約されて描かれた 秀逸な御作品でした。

   *****

□海東セラ
『籐都市』40号をありがとうございました。それぞれの詩篇を何度も拝読 しています。
「覚悟」は静かで深い時間が断片のまま詩の中に残されていて、「火との 顔が見えなくなる時分」の「海色の液体」とお腹のなかの水と黒いドレス があいまってカクテルグラスのなかにゆれていま肌謎めいていてなかな か近づけないところもあって、状況を想像しますが、お腹に触れた指の 感触が最後まで残っていますバその水が/残された時間におしよせてく るものを」のところで時間に圧が加わって、それが生の感触になって。
「黒葡萄の間」は「ひと部屋だけ残して/あとは封じられました」の2行に もう惹かれて引きこまれました。息をつめて拝読し、畳の質感や「細い窓 から聴く」という表現で耳を歌ててしまいながら、外界からもその部屋は 包まれて、表題に戻ってひとつの「黒葡萄」に完結しました。何度も読ん で、葡萄の香、ベタベタする汁、渋と果皮の感触が口の中に残っていま す。
「風の日録」1週間の日録なのでしょう飢言葉の使い方から映像が喚起 されます。それぞれの聯が何かの一場面のようで、いろいろに想像でき るようなつくり。完結しそうで永遠に追いつかないところが魅力です。「あ とふみ」ってどこかで聞いたことがあるような……なつかしいなあと恩った ら電報用語でしょうか。手ざわりのある言葉をこのように使われるのだな あと恩いました。再読したくなります。   

■白井知子
瀬崎さんの二編の詩、何度も読みこみ、次第に忘れがたいものに。
「覚悟」。出だしの上手さ、卓越した言葉、間合いの取り方、まいりまし た。
「風の日録」。題名、いいなあ。これも出だしで一気に引き込まれました。 6.(欠落)は構成の技。これで7.8.への流れが生きると思いました。
岬多可子さんの作品の後半、さすがにいいですね。



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