今月の一編
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唐橋まで
トモコさんについてはよくない噂ばかり耳にする
宝飾品や衣服を売りつけるのだが
どこかおかしな品ばかりなのよとか
場末の飲み屋に入りびたっていて
見ず知らずの男の人にお酒をせびっているらしいのよとか
偽ものばかりにかこまれた生活なのよとか
でも何が偽ものなのかは誰も知らない
だって
あなたが偽ものかもしれないしね
トモコさんの家は川向こうで
川をわたる唐橋はずっと下流にある
だからなかなかこちらの岸辺には来ることができない
それでも
みんなはトモコさんのことを気遣っているのだ
久しぶりに会ったトモコさんが宙返りをしてみせてくれる
空からの糸なんかで吊っていないよ
本当の宙返りだよ
このまま唐橋までだって飛んでいけるよ
唐橋から
だるまさんが転んだ と歌いながら
トモコさんが木の陰から木の陰へすばやく動く
鬼に見つからないように
トモコさんはどこまで動いていけるのだろう
みんなは心配そうに見まもっているのだ
嵐の夜があけると唐橋は壊れてしまっていた
トモコさんが川のこちら側へ来ることはもうできなくなった
歌うようなトモコさんの声が
深い谷川の向こうから聞こえてくる
だるまさんが転んだと歌いながら動いているのは
あんたたちの方だろ
だるまさんがいつまでも転んでいればどこまでだっていけると
あんたたちは企んでいるだろ
でも
鬼を見つけるのはわたしの仕事じゃないからね
悪い考えの誰かに唐橋は壊されたのだろうか
それとも
壊れるのが唐橋の宿命だったのだろうか
トモコさんの声は谷川に落ちた唐橋のあたりへよどんでいく
もう誰もトモコさんを探せない
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